1:ほどけないひとたちへ

 

「望月さん。放課後、物理準備室に来てください」



部活動の喧騒と、行き交う生徒の声が少し遠くから聞こえる物理準備室。望月は呼びだした張本人を目の前にして盛大な溜息をつく。理由が明白だからだ。
「あのさぁ、先生」
「何でしょう」
「そういうの、職権濫用っていうんだよ。知ってる?」
呆れ顔をしてみせれば大きな目がこちらを向く。何を言ってるんですか、今日の授業をサボタージュしたでしょうなんてありきたりな理由を述べるその唇が少し緩んでいる。サボったのは事実だが、その場のテンション決めてしまったが為に面倒な事になってしまったなと望月は軽く後悔していた。
渡されたプリントを受け取って鞄に仕舞う。この先生に引っ掛かるとこれで解放されないことぐらい、知っている。

「で、プリント渡すだけで済むだろうにわざわざ俺を呼びだしたのはなんで?」
「勘の良い貴方なら察しているでしょうに」
「わっかんないなー」
「そうですか」
「分かんないから帰って良い?俺今日約束あるんだけど」
何より面倒事と束縛を嫌う望月にとっては地獄のようなシチュエーションで、抜け出してやろうと適当に取りつくろった嘘でドアへと歩く。開けようとしたら、カシャン。小気味の良い音と共にドアがうんともすんとも言わなくなって、ドアの鍵が閉められた音だと理解した時にはすでに。望月は観念したように両手を上げて至近距離に立つ犯人と向き合った。

「約束があるなんて嘘ですね」
「さぁね」
「分かってないのも嘘です」
「だったら?」
綺麗な目鼻立ちだ。キツめだが大きな目がこちらを射抜いて、あぁ。やっぱり駄目だ。この先生に引っ掛かると、これだから。
顎を掬うように手が伸びてくる。抗えない、抗わない。引き寄せられた唇からは酷く懐かしい味がした。


(その顔に弱いの、知ってる癖に。)





顔だけは憎たらしいぐらい好みで嫌いになれない望月と望月から与えられる快楽から離れられない瀬戸口。

もちぐみ