15:嘯く者達の王国
今日も僕の耳には、可愛い小鳥の囀りが届く。
「さ、桜井先輩……!」
まだ声変わりも終えていない、可愛らしいボーイソプラノ。ゆっくりと振り返れば、綺麗な旋毛と赤く染まった耳が見える。真新しくぶかぶかな制服姿が初々しい一年生だった。
「どうしたの? 僕に何か用かな?」
優しく尋ねてやれば、彼は震える唇を必死に動かして言葉を吐き出す。
「あっ、あ、あ、あの、僕、先輩の大ファンで、こっこの間の定期公演も、観に行って……。先輩、凄く素敵でっ、それで、その、こここれ、書いたんです! 先輩によ、読んで、貰えたらなって、だから」
受け取ってください! ほぼ直角にお辞儀をして、一枚の封筒が差し出された。もう何度も同じような事を体験したから分かる、これはラブレターだ。
「へぇ……」
受け取って、封筒ではなく、彼をしげしげと眺める。
一年でラブレターや差し入れを手渡して来る度胸のいい生徒はなかなか居ない。大体は下駄箱か、部室のドアノブに引っ掛けた紙袋と一緒に入れてあるかのどちらかだ。
僕のファンは校内にも学年を問わずちらほら存在していて??男子校なのにも関わらずだ??、一年がこんな公衆の面前で僕にラブレターを差し出すなんて事をしたら、もしかすると先輩達に目を付けられるかもしれない。けど、彼はきっとそこまで頭が回らなかったのだろう。
(現に今、物凄く顔が赤い。目も潤んでる。僕の反応が気になるんだね、ずっとそわそわしているよ。手をしきりに気にしている辺り、緊張して冷たくなってるのかな。それとも手汗が気になる?)
「あ、あのぅ……」
無言の僕に痺れを切らしたのか、彼が控えめに呼び掛けてきた。
……面白い子だな。それに……なかなかカワイイ。
僕はにっこりと笑って、彼の頬に手を添えた。彼の体が大きく跳ねる。
「えっ!? あ、あの」
「ふふふ」
初々しい反応だ。最近はずっと二年か三年の相手ばかりしていたから、新鮮でいい。
「わざわざ僕を探してくれたの? 下駄箱や部室に届けてくれても良かったのに」
「ど、どうしても先輩本人に渡したくてっ」
「そう。積極的なんだね」
「そ、そんな事は……」
赤かった顔が、更に真っ赤に染まっていく。何と愛らしいのだろう。
僕は彼の耳元へ唇を寄せて、そっと囁いた。
「ねぇ……少し、遊んであげようか」
「!」
ごくっと唾を飲み込む音が聞こえる。顔を離すと、潤んだ瞳に少し期待の色が見えた。
「さあ、こっちへ」
優しく肩を抱いて部室へと誘導する。移動する傍らにクラスメイト達からまたか、と囃された。
「桜井、また部室に男連れ込むのかぁ?」
「美しくない言い方は止してよ。鳥籠(ケージ)の小鳥と遊んでくるのさ」
「はいはい、ケージの小鳥と……ね」
「五限目までには戻ってこいよ! 次の授業、お前が居なかったら俺が当てられるんだからな?」
「努力するよ」
好き勝手言っていくクラスメイト達は、これから僕が彼に何をするのか分かっていて、何も言わない。ここはそういう所だ。
「先輩……」
薄々勘付いてはいるのだろう、けれど期待と不安の間で揺れているのか、彼がちらりと僕を見上げる。
「大丈夫。ほら、着いたよ」
辿り着いた部室の扉を開けて、中に入るように促す。僕の鳥籠、箱庭、楽園、そして王国。そして。
「『Come, let's away to prison.
We two alone will sing like birds i' th' cage.』」
「え……? 先輩、今なんて……」
「何でもないよ。さあ、まずはお茶でも淹れようか」
後ろ手にドアを閉めて、僕はそっと鍵を掛けた。
さあ、牢屋へゆこう。ふたりきりになって、籠の中の鳥のように歌おう。
――『リア王』ウィリアム・シェイクスピア――
王子が創り上げた王国は、小鳥達の鳥籠か、それとも背徳に溺れる者達の牢屋となるか。 家内胡桃