屋上の飛び降り少女

 

「鳥になるおまじないがあるのよ。試してみない?」


やっぱりここにいたのか、と、クラスメイトの男の子が頭上から話しかけてくる。
青い空を半分覆う彼の影。コントラストに目を細めて、私は尋ねた。
もう授業は終わったの?
もうとっくに終わったね。お前サボるのいい加減にしろよ。
彼とは、ただ席が隣になっただけだった。
だけど私にはクラスに特別仲の良い子はいない。
となると、たまたま隣に座っていただけの彼が、こうして私の様子を見にいけと頼まれるのだ。
見るからに優しい彼はきっと断れなかったんだろう。
そういう関係になって、半年が過ぎた。私はサボるのを止めなかったし、彼は呼ぶのを諦めなかった。
でもね、彼には悪いけど私には確かめたいことが有るのよ。
……その確かめたいこと、進展はあったのか?
彼が呆れた目で聞いてきた。彼にだけ一回話したことがあるのだ。

ねぇ、鳥になってみたいと思わない?あんなに自由そうなのは、羨ましいわ。
お前らしいな、鳥かぁ。考えたこと無かったな。
うふふ、私、一回だけ鳥になれた人を見たの。
なんだよそれ。
鳥になれたと言うか、翼がふわっと浮かんだのよ。でも、飛べなかった、その人。
……それは。
どうやったら飛べるのかしら?ねぇ、どうしたら飛べると思う?
……エジプトの神話に、心臓が天秤に掛けられる話がある。

心臓って言うのは霊魂の重要な一部なんだけど、それが重たいと怪物に食べられてしまうんだ。
食べられると、どうなっちゃうの。
さぁ、そこまでは知らない。でも、それが重たいと飛べないんじゃないかって思うよ。
魂が軽ければ飛べるかもしれないってことかな。
その人、どんな感じだったんだ。
どうだろう、なんだか落ち込んでたみたいだけど。
……そうか。

私はその神話を聞いて、一つの結論に辿り着いた。
だけど一回も成功したことはない。きっとまだ軽さが足りないのだ。
人間を鳥にさせるために私は、今日も屋上へ行く。
誰かがいるかもしれないから。

彼の怒号が響いた。あんなに優しい彼が叫んだことに、私は静止する。
なに、なにを、怒ってるのよ。私はただおまじないを試しただけ、嗚呼、でもまた失敗した。
どうしてだと思う?もう、答えてくれないのかな。
力任せな彼の掌が私を押し出した。バランスが崩れる。空が見える。


今日もまた彼女を呼びに行く。この距離感がなんとなく好きになっていた。
最初は外れ役だと思ったけれど、彼女のペースに乗せられるとなんだか落ち着いた。
今日もまた彼女を呼びに行く。屋上のドアは相変わらず開いている。
……誰だ?誰と話しているんだ?誰か別の、女子の声だ。
おかしい。あいつ、友達いないだろ。それにあの子、確かこの前。嫌な予感がする。
和やかな会話はどんどん不穏な空気になっていった。飛び出したときには遅かった。
なにしてるんだ!!
なんで、今、突き飛ばしたんだ。立派な殺人だ。いけないことだ。
本当は気付いていた。屋上からの飛び降り自殺が何回かあったから。
ほとんどずっと屋上にいる彼女が、見ていないわけがなかったんだ……。
嗚呼、好きだった。掴み所の無い自由な女の子。可愛い隣の席の女の子。
裏切られた気持ちでいっぱいのまま、大人げなく取っ組み合いになった。
謝罪の一言はついに聞かされない。ぐらりと後ろに傾いた彼女が、空を見上げた。
ふわりと翼が生えて、消えた。


藪乃坂水橋高等学校に在学の※※※※さんの遺体が発見されました。
男子生徒から暴行されたことがわかっており、屋上から飛び降りての自殺とされています。
また第一発見者の生徒は同じく在学の白川友美さんが転落したと証言していますが、白川友美さんは依然行方不明です。

伊式十三丸