桜の下の首吊り少女

 

「あなたも被害者になりますように、てね。あはははは!!」


美術室でいつも熱心に絵を描いている男の子がいた。
凄く上手で、私なんか全然美術の知識はないんだけど、その絵を見た途端キャンバスは光って見えた。
全校集会が開かれる度に彼がコンテストで受賞したと校長が喜び、皆で拍手を送った。
彼は天才だ。手放しにそう思っていた。
暇なときは美術室を覗くようになり、いつも彼がいたから話しかけた。
全然住む世界の違う人。彼は、私との会話を楽しんでいるとは思えなかった。
というか、私の存在自体に戸惑っていたのかもしれない。
私は友人も多くて、教室では賑やかに過ごしている。ちょっと派手なグループの一人だ。
それでも悪いことをしているつもりはなかったし、彼が創る世界を見るのは楽しかった。
楽しかったのよ。

ある時、友人に言われた。
あんたあの暗い奴と付き合ってんの?
まさかそんなわけないじゃない。それが事実だった。でも嘘を吐くべきだった。
噂は歪み、改変され、私が彼を苛めているなんて言われた。
そこに友人らが乗っかった。美術室に行っては彼にちょっかいを掛けたらしいのだ。
どんなことがあったのかはわからない。
そういう噂が流れたから、私は美術室に近寄らなくなった。
彼に、逢わなくなった。

ふと、美術室を横切ると、イーゼルに絵が立てかけられていた。
嗚呼彼の絵だ。懐かしくて美しい。
だけどそれは見せ付けるように大きく切られていた。
誰かがやったんだろう。私は、どうすることも出来ないことがわかっていながら、そこに近づいた。
裂かれた絵画を目の前にして、呆然と立ち尽くす。
どれくらい立ち竦んでいたのかな、もしかしたら案外すぐだったのかもしれない。
後頭部を思い切り殴られた。ぐらついた視界が反射的に後ろを確認する。
彼が暗い表情をして私を見下ろしている。手に持ってるのは……美術でよく使うものだと思う。わからない。
嗚呼彼が、私を。
これ以上は考えられなかった。
私は、泣きながら、ねぇ、私悪いことしたの?、と、答えを求めた。
彼からは何も返ってこない。代わりに繋がりを強制されて、時々鉛の臭いがする。
冷たい。

一頻り泣き終えると、不思議と気持ちは軽くなっていた。
彼がいないのが救いだった。今は何時だろう、窓の外は凄く暗い。
浮くような足取りで、私が向かったのは校庭を更に越えた桜の森だった。
今の季節じゃ葉桜か。嗚呼、でも、縄が無いな……。
もっと深い森の奥に何かが垂れ下がっている。昔の誰かの遺品なのかな。
疑問は一切を持たず、手を伸ばす。


嫌いという訳ではなかった。でも結果的に全て彼女のせいだと思うと、憎くて仕方なかった。
もっと仲良くなりたかった。どうすればいいかわからなかった。
彼女は、僕と話してて楽しかったのかな。それとも全部からかいだったのか。
キャンバスを裂いたのは彼女じゃないんだろう。でも、結果的に。
剥いた彼女の体は思っていた以上に美しく、最後の思い出として描きとめておいた。
……僕はもう消えるのだ。さよなら。案外、ここなら見つからないだろう。きっと。ごめんね。


藪乃坂水橋高等学校に在学の石橋由香さんが遺体で発見されました。
校庭裏の山の中で見つかり、首を吊っての自殺と見ています。
なお、彼女の体に付着していた体液からDNAが一致する男子生徒を特定しましたが、行方不明となっています。


伊式十三丸